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酒蔵を知ろう:神奈川県・井上酒造(その1)

酒蔵を知ろう:神奈川県・井上酒造(その1)

写真1:井上酒造・外観 

近頃、当たり前のように使われている「地酒」という言葉。
大手メーカーが大量に生産するお酒に対し、中小規模の蔵で造られる日本酒をなんとなく、地酒と呼んでいるような気がします。辞書を引いてみると「その土地で醸造した酒」 (三省堂 国語辞典より) と書かれていました。

ふむ…
日本酒好きとしては、地元で醸されたお酒はおさえておきたい。ましてや美味なる酒がそこにあるなら、知らずに過ごしてはいかん。良い地酒を余すことなく楽しむためには、地元の蔵について、もっと知っておくべきであろう。
そう考え、地元:神奈川県に在る酒蔵さんについて順次レポートしてみる事にしました。

第一回目は、神奈川県大井町にある 井上酒造 さんになります。
  ホームページ:http://www.hakoneyama.co.jp/

ざっくり蔵のご紹介

写真2:貯蔵庫と、蔵の社訓

なぜ、こちらの蔵を最初に選んだか?

2017年8月、ふらふらっと神奈川県酒造組合の地酒ショップに立ち寄ったのが、事の始まり。神奈川13蔵のお酒が並ぶ棚に、何やら見慣れぬ「左岸」という、生酛(きもと)のお酒を見つけました。

ラベルをみると、井上酒造。
「おや、こちらも生もと造りを始めたの? それなら、酒蔵レポートを始める良いきっかけ。」と、勝手に思い立ち、早々に井上酒造さんに見学を申込み、本レポートのスタートへと繋がったのです。

この時点で、井上酒造さんについての前知識といえば、この程度。

● 足柄平野の北東部に位置する
井上酒造のある大井町は、神奈川県の中西部にあたり、丹沢山系と箱根山系によってできた足柄平野の一部、小田原市に隣接しています。
町の西端には、丹沢山地の西南部を源流とする酒匂川が流れており、蔵の場所もこの川の左岸にある稲作地帯の集落にあります。

● 江戸後期創業の老舗蔵
創業は寛政元年(1789年)。おりしも江戸では、松平定信の寛政の改革による、緊縮政策の真っ只中の頃。小田原藩領で農業を営んでいた井上家のご先祖様が、新規事業として酒造を始めたのだとか。
この創業年は、現存する神奈川県の蔵では2番目に古いことになります。

● 丹沢山系の水で仕込む辛口のお酒
こちらのお酒でおなじみだったのは、純米酒箱根山や、ぎんから。後味すっきりな辛口で、香り・味わい共にシンプルなお酒という印象です。
変わったところでは、SWEET♡HEART という発泡純米酒があり、純米なのにシードルのような、フルーティで甘目で女子にお奨めのお酒があります。

写真3:杜氏の湯浅氏 と 麹室(仕込みシーズン前)

聞くところによると…
現杜氏の湯浅氏(写真)が、この蔵に入られたのが3年前。別の蔵で働いていた湯浅氏は、井上酒造さんに腰を据える覚悟で、神奈川県に居を構えたのだそうです。
以前の杜氏さんが南部流だったのに対し、10年前に能登流の杜氏さんに変わりました。それに伴い、この蔵の酒造りに変化があり、米の味にこだわった酒造りの追及へと、舵を切られたのだそうです。現在の杜氏さんも、その流れを汲んだ造りをされています。

前述の「左岸」というお酒も、こういった流れの一つ。
地元の農家さんたちが育てた酒米(吟のさと)で仕込んだのがこのお酒。お米の出来を農家さんと一緒にチェックし、酛擦り(もとすり)に参加してもらったりしているそうです。地元との一体感をより強めた挑戦は、まさに地酒としてのこだわりなのかもしれませんね。

小さな蔵だから面白い

写真4:仕込タンクの様子(11月初旬)

このレポートを書くまでに、8月、11月、12月と3度足を運び、蔵の様子を見せていただきました。蔵の設備、その時々の造り工程について、さらに今期の造りについてなどなど、こちらの質問に一つ一つ詳しく応えてくださり、沢山のお話を伺いました。

井上酒造の蔵人は、たったの3人。蔵元(社長)さん、杜氏さんと、もう一人。造り作業に関わるのは実質3.5人で、11月から春までの仕込シーズンを乗り切ります。

現杜氏さんは蔵元から
 「好きなように造ってくれ」 
といわれ、醸造を任されているのだそうです。蔵元ご自身は醸造の専門家ではないとはいえ、なかなか勇気のいる事。家族的で小規模な蔵だからこそ、互いの信頼感によって、毎年の造りが行われているのでしょう。

蔵の建物は、関東大震災後に再建されたものを、改築しながら現在まで使い続けられている年季もの。再建時そのままの重厚な麹室の扉などを見ると、丁寧に毎年掃除され、この場所で百年近くもお酒が醸続けている趣を感じます。

近代的な設備がつぎ込まれた蔵とは異なり、昔ながらの仕込には何かと手間がかかるもの。若い杜氏さんは、蔵の設備の色々なものに工夫を凝らし、良いお酒を造る環境づくりも行われています。

その一つが、写真4、5の醸造タンクです。

写真5:仕込タンクの様子(12月下旬)

綺麗な日本酒の醸造するためには、酵母が活動できるギリギリ位の低温でもろみの温度管理をしたほうが良いとされます。しかし、冬でも比較的暖かな気候の神奈川県で、その温度管理をするのはなかなか大変。サーマルタンク(温度管理機能付きの醸造用タンク)などを使うこともありますが、それには多額な設備投資が必要です。

この問題の対策として、こちらでは自家製の冷却装置を作られました。
ホーローの仕込みタンクにホースを巻き付け、冷たい水を流してタンクを冷やそうというものです。ホームセンターであるったけのホースを買い込み、ジョイント器でホースを連結して長~いホースを作ったそうです。ホームセンターでは、いったい何に使うのかと怪訝な顔をされたとか。まさか、醸造タンク用なんて、売り場の方も思いませんよね。

造りが始まったばかりの11月初旬に訪れた際は、いくつかのタンクにホースの巻き付けられている途中でした(写真4)。次に訪れた12月下旬、すでにしぼりたての新酒が売り出された時には、ホースは巻き付け終わり、温度遮蔽用でしょうか、さらに外側にウレタンシートが巻き付けられていました(写真5)。
井上酒造さんの仕込み水は、地下水ですから、水道料金の心配はありませんからね。
低コストで見事なお手製冷却器です!

こうして、ひとつ、ひとつ課題を解決し、より良い酒造り環境を作り上げる。こちらの蔵の酒造りに対する真摯な姿勢を推し量ることができますね。

仕込始まる


写真6:酒母タンク(11月上旬)

11月初旬は、ちょうど今期最初のお酒の仕込みが始まったところでした。
昼過ぎに見学に訪れたときには、すでにこの日の作業はすべて終わられており、明日早朝からの酒母造りのための準備がされていました。

写真6の中央は、翌日使う酒母用タンクです。
なんといっても、人出が少ない蔵ですから、朝一番の仕込み作業が効率よくできるように、すでに万全の準備が済まされていました。
使用する酒母タンクは、ウレタンが巻き温度計も用意して、しっかり保温対策済み。
最初にタンクを酸性にするために使用する、乳酸の溶剤もメスシリンダーに入れ、脇に置かれています(写真 左上)。
また、酒母製造帳も、筆記用具や電卓と一緒に置かれていました(写真 上部)。

こういった配慮は、酒造りをする人にとっては当たり前なのかもしれません。
我々のような素人には、こんな細かな事もとても興味深く、本で見るよりもずっと酒造りには手間がかかるのだと実感させられました。

蔵見学の後は…

写真7:土蔵内の陳列棚と、試飲したお酒

たくさん学んだ後は、お楽しみの試飲 TIME!

井上酒造さんでは、見学前のレクチャーと、見学後の試飲は、入り口横にある土蔵にて行われます。その時、在庫しているお酒の中から3種類ほど選んで、その場で試飲。販売もしています。

写真は8月に訪問した際のもの。この日は、
・純米酒 仙鳴郷 無濾過生酒
・純米吟醸 左岸 (生もと造り)
・純米発泡 スイートハート
を試飲させていただきました。

暑い日中ヒンヤリした土蔵の中で、冷えたお酒をクイッと飲む。今見てきた蔵の中で仕込まれたお酒、酵母たちが頑張って働いていた同じ空気の中でいただく一杯はまた格別です。
このお酒には、どんな料理を合わそうか… と考えながら、夕刻には蔵を後にしたのでありました。

ここまでに、書ききれなかったことが、まだまだあります。井上酒造さんのレポート その2 では、今回立ち会えた「初しぼり」のお酒のことなど、お話ししたいと思います。
続きは こちら

※ 井上酒造さんのお酒と料理の記事はこちらに…
冬はこれでしょ!~おでん~ [純米酒 箱根山]
残暑の折に”冬”野菜? ~冬瓜と牛肉の旨煮~ [無濾過純米酒 仙鳴郷]